船舶衝突事故の過失認定

 ---海上交通法適用の構造解明を目指して---

 平成20年2月19日、千葉県野島埼南方沖合で護衛艦あたごと漁船清徳丸が衝突し、清徳丸の乗組員2名が行方不明となった。この衝突事件では、平成21年1月22日に横浜地方海難審判所において、本件衝突は、両船が互いに進路を横切り衝突のおそれのある態勢で接近中、北上するあたごが動静監視不十分で、前路を左方に横切る清徳丸の進路を避けなかったことによって発生したとしてあたご側に主因があると認定し、他方西行する清徳丸にも一因があるとの裁決が言い渡された。一方、本衝突事件の刑事裁判(横浜地方裁判所、平成23年5月11日)においては、あたご側に回避義務はないとして、2名の被告に無罪の判決を言い渡した。このように同一衝突事件であっても、海難審判の裁決と刑事裁判の判決において異なる結論となる事例は過去にも散見されるが、私の研究では主として海上交通法理論に基づく航法の適用プロセスに着目し、海難審判と刑事裁判の過失認定の相違に関して比較法的に分析している。
 船舶衝突事件の責任追及においては、基本的には刑法に基づく刑罰、海難審判法に基づく懲戒、民法に基づく損害賠償という形で刑事上・行政上・民事上の責任が問われるが、法理論的には各々の法目的のもとで独自に判断されるので、三つの過失認定が必ずしも一致する必要はない。しかしながら感情論としては、同じ衝突事件にもかかわらず異なる法的結論に至るのは釈然としないという人もいるであろう。従来から裁判等における法的思考などは複雑で、法律の専門家でない人にとっては一種のブラックボックスのようにみられる傾向がある。すなわち、一般に法的概念や法解釈にかかわる特殊な知識がなければ法的世界の理解は困難であり、さらに個別法規の諸理論や学説・判例等も深くかかわり、法的結論としてあらわれる刑事裁判の判決文や海難審判の裁決文などは難解な用語も多く、法的決定プロセスの解明がむつかしい。
 近年では、これら三つの責任追及とは別に、運輸安全委員会(平成20年10月設置)が海難原因の究明を行うことになったので、目的は異なるものの同一事件について新たな判断が加わることなった。その判断が、実質的な意味において各種の責任追及に影響を及ぼすのか及ぼさないのかという点も興味深く、一つの船舶衝突事件の発生を契機として進められる複数の法的判断について、法理論的に究明していきたい。また、刑法理論は学会等で古くから研究されてきており、多くの論文や著書が発刊されているが、海難審判法理論に関しては発展途上にあるので、今後、過失認定の観点から構築していきたい。

                                海上保安大学校 松本宏之